本離れが進む時代に響く “図書館って いいね”との呼びかけ【続・東海エリア探訪記】

『図書館って いいね』というタイトルの冊子を知り、なんかいいなと思った。聞けば2022年3月に年4回のペースで発行がはじまり、2025年10月号のNo. 11が最新号となっている。冊子といってもA3を4つ折りにし、8ページとしたもので、表面にはページが振られているが、裏面の「特集」はA3大の見開きで、壁などに掲示しやすいのがアイデアだ。豊田市の中央図書館とこども図書室をはじめ、交流館と呼ばれる地域の公共施設、子育て支援センター、喫茶店などで配布されている。
「本の背ラベルの見方や、地域でボランティアらが開催するおはなし会などを特集にしてきました。現在、No. 12の特集のため、教育センターや学校司書さんに取材しているところです」
 と『図書館って いいね』を発行する「豊田市の図書館を考える市民の会(以下、市民の会)」代表の杉本はるみさんは言う。元保育士の杉本さんが図書館などで読み聞かせのボランティアをするようになって40年近くになる。育休がまだない時代、出産とともに仕事を辞めざるをえなかったが、子どもと本への興味を失わなかったのがきっかけとなった。目の不自由な方のための音訳にも携わる。

『図書館って いいね』。2022年に発行がはじまり、11号まで重ねてきた。


 こうした図書館との関わりのなか、2016年、豊田市中央図書館指定管理者制度が導入されることが発表される。それがなにを意味するのかよくわからず、疑問と不安を感じたボランティアが中心となって発足したのが市民の会だった。計画の再検討を求める署名活動をおこなうとともに、識者を招き、講演会やシンポジウムを開催して図書館とはなにかについて学び、考えを深めていく。
 図書館は戦後1950年に施行された図書館法にもとづいて設置され、同法の第一条で「国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」とうたうが、図書館と一口に言ってもそのありようは全国一様ではなく、地域によって、時代によって異なる。差が大きなこともあれば、小さく感じられることもあるが、そのなかでよい図書館とはなにかを問い直したいとの思いが会にはある。
「もともと図書館とはとてもよい関係で協働させていただいていたのですが、市民の会をはじめてからは純粋なボランティアとしてではなく、“物申す人”みたいに思われてしまった時期もありました」
 市民の会の声は届かず、2017年、指定管理者制度のもとで豊田市中央図書館の運営がはじまる。この図書館が豊田市駅前に開館したのは1998年のことで、100万冊強の蔵書数を誇る全国でも有数の図書館として知られる。
「豊田市には中央図書館のほか、こども図書室というよい分館があるのですが、あとは交流館に図書コーナーがあるだけなんです。そのため司書がいる分館を新たにつくり、また中山間地域への移動図書館を再開してほしいとの願いから活動をつづけています」
 と杉本さんは言う。背景となっているのが2005年、平成の大合併で豊田市が周辺6町村と合併し、愛知県でもっとも面積の広い市となり、人口も名古屋市に次いで2番目となったことがあげられる。豊田市には1950年代にはじまる移動図書館の長い歴史があり、周辺町村にも回っていたが、合併した2005年に廃止された。豊田市こども図書室は名古屋市の書店メルヘンハウスが運営に携わったアピタ豊田店内の私設図書館を前身としている。
「全国の例に漏れず豊田市でも本屋さんがどんどん減ってしまい、子どもが歩いて行けるところに本屋さんがない地域が圧倒的に多くなりました。だからこそ本に触れる場として図書館、とくに学校図書館の役割には大きなものがあるのではないでしょうか」

「うさぎとかめ」を題材に自作した紙芝居を前にした杉本はるみさん(=写真提供)。

『図書館って いいね』の「よもやま話」欄には、図書館や本屋など本にまつわる一般の方や会員の思い出話が綴られる。小学生のときに読書をはじめるきっかけとなった出来事や、公民館に併設された子ども文庫に通ったことなど、本がごく身近にあった時代の逸話がつづく。小学生の子どもがいる30代の会員もいるが、昭和30年代から40年代に学童期を過ごした60代70代が活動の中心となっている。本屋がいつもにぎわい、学校の図書室に本を借りる人が行列をつくっていた記憶がある世代である。
「若い人が頑張っている独立系書店なども増えてきたので、本につながる活動の輪を広めていけたらと思っています。ただ〈よくしてください〉と要望するのではなく、なにか手伝えることはないかとのスタンスで探っていければと・・・・・・」
 本離れがますます進み、利用しない人にとって図書館がとても縁遠い存在になっているいま、「図書館って いいね」という素朴な問いかけに惹かれた。

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この記事を書いた人

新聞社、出版社、編集プロダクションを経てフリーランスの記者/編集者として活動。文琳社代表。2006年から2024年までチェコとスロヴァキアに家族で居住し、子どもの成長記録を中日新聞文化面に連載したのち、『プラハのシュタイナー学校』(白水社)としてまとめる。その間、日本滞在中に岐阜と三重の各市町村を回り、「東海エリア探訪記」を中日新聞『アドファイル』に連載。岐阜については『岐阜を歩く』(彩流社)を刊行する。ほかに『不自由な自由 自由な不自由 チェコとスロヴァキアのグラフィック・デザイン』(六耀社)、『イマ イキテル 自閉症兄弟の物語 知ろうとするより、感じてほしい』(明石書店)などの著作がある。

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