レコードが10数年前から流行っているのは知っていた。スロヴァキアの書店にもレコードコーナーができ、ジャケットを壁に面出ししてディスプレイしていた。もとよりレコードには手の込んだ秀逸なデザインが多く、サイズが大判なこともあって存在感がある。それからほどなくして、カセットテープも注目された。映画『パーフェクト・デイズ』(2023年、ヴィム・ヴェンダース監督)にはカセットテープがキーアイテムのひとつとして登場する。
レコードやカセットテープを「エモい」ものとして見出したのは、デジタルネイティブな若い世代が中心だった。レコードのことをヴァイナル(Vinyl)と呼び、ミュージシャンがそのヴァイナルやカセットテープで新譜を出すようになった。レコードプレーヤーやカセットプレーヤーが新たにつくられ、レコード屋が街に店を構えた。名古屋だけでもいま30店舗近くあり、フェアも定期的に開かれている。
小さなSDカード1枚に1000枚あまりのCDを保存したり、ストリーミング配信サービスで音楽を自由自在に聴けるのが当たり前になっていくなか、ほんの少し前までいにしえの骨董品に思えたカセットテープやレコードがなぜ注目されるようになったのか、常に不可逆的であった技術革新の流れをさかのぼるようなことがなぜおきているのか、戸惑った。CDが世の中に登場したのは1982年のことで、当初はレコードと併売されていたが、90年代に入って完全にCDへ移行した。それが最近、レコードの売上げがCDを上回ったとニュースになっていた。
一カ月ほど前のこと、編集の仕事で1970年代から今日までの音源を資料で渡された。レコードやカセットテープはもちろん、CD、オープンリール、MD、DAT、VHS、DVD、ブルーレイ、果ては放送用の太いテープまで、大きな段ボール4箱分もある。このうち自宅で再生できるのはCDとDVDだけで、時代を彩ってきた“骨董の山”を前に途方に暮れた。
なんとか再生手段を整えようとまずカセットプレーヤーを入手した。意外に選択肢があり、デザインと色が気に入ったものにした。ブルーレイのプレーヤーは人からもらったが、MDとVHSはデッキがもう生産されておらず、フリマサイトで状態がよさそうなものを探した。放送用テープは幸い、CD-Rに保存されたものがあったものの、DATとオープンリールは見当たらず、手に負えないので業者に依頼した。
レコードプレーヤーは流行っているだけに現行製品がいくつもあり、USBやBluetoothでパソコンに接続できるものもある。デジタル化にはうってつけだが、レコードプレーヤーは大きなものが多く、そういえばむかし、オーディオがブームになっていたころ、LPレコードのジャケットとまったく同じサイズだとして宣伝していたテクニクスのプレーヤーがあったのを思い出した。記憶にあるのは1981年に発売されたSL-7という機種で、同じように感じる人が多いのか、世界中の人たちが愛用しているのをインスタグラムで知った。

半世紀前の機種だけに新品を手に入れることはできないが、整備済みのものが売りに出ている。オーディオ機器のうち、経験上、レコードプレーヤーとチューナーは壊れにくいようで、修理に出した覚えがない。そこで仕事の道具と割り切らず、たぶん大丈夫だろうと趣味に走ることにした。
試しに何枚かのレコードをフリマサイトで買ってみたが、レコードプレーヤーを新たに買うのもレコードを買うのも半世紀ぶりのことだった。あえてレコードで聞いてみたいと思うのはいずれもかつてレコードで聞いたもので、レコード店で買ったり、友だちや近所に出来た小さな貸レコード屋で借りたりして、はじめて針を落としたときの記憶がありありと蘇る。時代の流れに押されてCDを買い直したものもあるが、CDより7倍近くもある大判のジャケットや、同封のライナーノーツや歌詞カードはやはりデザインワークに見応えがある。
プレーヤーのギミックな動きばかりではなく、A面とB面を入れ替える手間にわくわくさせられ、特有のノイズも高音質なデジタルに慣れていると却って個性的に思える。YouTubeなどストリーミング配信を利用し、好きなときに好きな音楽を好きなだけ聴ける時代だからこそ、レコードやカセットテープのモノとしての存在感が逆に際立ち、レコードを知らないデジタルネイティブ世代が単なる郷愁ではない、新たな価値を見出したのがわかる気がした。
ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったもので、100枚ほどレコードというかたちで手元に置いてみようかと思いついた。何度も繰り返し聴いているアルバムをリストアップするとだいたいそれくらいに絞られるからだ。あれこれ探すのは楽しいが、1枚でいいのに13枚セットだったり、おまけに2枚ついてきたりして、あれよあれよと棚が埋まっていくのである。
