プレーヤーを入手したのを機に100枚のレコードを集めようとしていると前回書いたが、リストをざっくりつくって実際に探しはじめると、1988年および1989年に発売されたものは「稀少盤」として見つけにくく、あったとしても高値がついているものが少なくないことに気がついた。1988年はまだしも、1989年は本当に稀少なようだ。
1982年にCDが世界に先行して日本で発売された当初、同じアルバムがレコードやカセットテープと同時につくられていた。CDはレコードより値段が高く設定され、プレーヤーも高価だったことから、音にこだわるマニア向けの位置づけだった。それが86年にはCDの生産量がレコードを上回り、89年を最後にレコードとの併売は基本的になくなったことが背景にある。
「100枚のレコード」のなかの一枚として頭に浮かんだものに、シンガーソングライターの沢田聖子が1988年に発表した『LIFE』というアルバムがある。1979年に17歳でデビューし、東海ラジオやFM愛知で冠番組をもちながら、毎年のようにアルバムを発表してきた彼女にとって活動10年目の節目にあたり、事務所とレコード会社を変え、心機一転、再スタートをはかった作品だ。

彼女のデビューアルバム『坂道の少女』(1980年)を友だちに借りたときの光景を不思議とよく覚えている。学校の下駄箱で渡されたのだが、高校生にはレコードを一人で何枚も買えないのでそんなふうに貸し借りし合ってはカセットテープに録音して聞いたのである。以来、2学年上の彼女の綴る歌を同級生のような感覚で新作が出るたびに聞くことになるのだが、2作目以降はだれかに借りた記憶がない。ちょうどそのころ近所に貸しレコード屋ができ、1枚300円くらいで借りられるようになったからである。レコードを新たに買う料金で10枚聴けることになり、だれかに借りる機会が減った。ミュージシャンたちが次から次へと競い合うように意欲的な作品を発表していた時期だったので、新作を心待ちに、録音したカセットテープをウォークマンやカーステレオで貪るように聞いたものだった。
すっかり常連となったその貸しレコード屋で最後に借りた一枚が『LIFE』だった。記憶はまったくないのだが、20数年前、カセットテープの山を処分したときにデジタル化した音源のなかに含まれているのでわかる。思春期の移ろいを歌ったそれまでのアルバムとは打って変わって、就職したり結婚したりして社会人となる年頃の心象をうまくとらえた曲で構成されていた。「だけど夢は捨てちゃダメさ 季節は巡る」(「そよかぜの中で」)と軽やかに歌い、2作前の『夢のかたち』(1985年)で「夢の形が 変わっただけ」(「小さな船」)と重々しく歌った答え合わせをしているようだった。ちょうど自分自身の就職や恋愛の出口などが重なり、答えのない迷路にいるような日々を過ごしていたこともあり、「人生」や「生活」「命」を意味するライフをテーマにした歌の数々が妙に響いた。
20代前半でその後の人生を決定づけるような選択をいくつもしなくてはいけないのだから無理もないのだが、高度経済成長からバブル、そしてバブル崩壊へと時代も勢いよく渦巻いていた。それから何年かして『LIFE』のCDを買うのだが、すでに店でレコードを見ることはなかった。馴染みの貸しレコード屋はレンタルCD屋に移行することはなく店仕舞いし、シャッターを下ろしたままになった。前を通るたび、脱サラして店をはじめたと思しき主のことが気になった。
CDのほうがレコードより音がいいと言われていたので、時代の流れにとくに疑いを抱くことはなかった。ただ音がいいはずなのになかなかそう思えず、より高価な機種に何度か買い換えたりもしたが、結果は期待ほどには変わらなかった。そうこうしているうちにMP3プレーヤーになり、ストリーミング配信になっていくのだが、まさかそこからレコードに逆戻りするとは思いもしなかった。
貸しレコード屋で借りてから40年あまりの月日を経て、先日、レコード盤の『LIFE』を手に入れた。いちどフリマサイトで競り負けたあと、レコード屋のオンラインショップで「稀少盤」として売られているのを見つけた(『LIFE』に次いで翌89年に出た『SOUVENIR』のレコード盤は入手がさらに困難になる)。顔が大きくレイアウトされたそれまでの沢田のアルバムとはちがい、チューリップがモティーフになっている。なんだろうと戸惑うが、「自身咲く」との意味が込められていることがレコードの帯に説明されている(当時の缶バッチにはよりわかりやすく、このコピーが添えられている)。

音楽自体はYouTubeでも聴ける時代、プレミアがついているレコードを買うなんてとは思うのだが、レコードに針を落としてしばらく、スピーカーの前に正座して耳を傾けている自分に気がつく。そして、生きているからこそ日々の暮らしがあり、人生があるのだと頭の中と現実にズレがあった20代で『LIFE』を聴いたときには感じなかったタイトルの含意を年を重ねて読み取ったりするのである。
