東海エリアにある書店を訪ねるなかで、名古屋のメルヘンハウスの噂を何度となく耳にした。1973年、三輪哲さん(1944-2023)が開業した日本ではじめての「子どもの本専門店」である。その影響にはとても大きなものがあり、3年後の76年、四日市に同じく子どもの本専門店をうたうメリーゴーランドがオープンするなどした。いま全国各地で広がる、セレクト書店や独立系書店と呼ばれる個性派書店の先駆的な存在でもある。
最初の店を千種に構えた当初は集客に苦労するほどだったというが、認知度の高まりとともに手狭となって1990年代、今池に移転。3万冊の児童書を取り揃える一方、ブッククラブと名づけた絵本の定期購読サービスを全国展開して1万5000人もの会員を集め、スーパーのユニー(現アピタ・ピアゴ)が東海エリアを中心とする9店舗に設置した子ども図書館の運営に携わった。しかし、全国の書店同様、時代の移り変わりで経営が厳しくなり、2018年に閉店したときはニュースになって惜しむ声が寄せられた。
「セレクトショップなのに、いつしかカタログショップになっていました。店でお勧めしてもお求めになるのはネットで、ということが増えたのです」
と振り返る三輪丈太郎さんが父のはじめたメルヘンハウスで営業企画として携わるようになったのは2014年、39歳のときで、それまではベーシストとして音楽活動をしていた。中学生で音楽に目覚め、親元を離れて寮生活をした高校生からプロをめざし、真剣に取り組むようになった。
「いまから考えれば安易なのですが、ベースにしたのは弦が6本あり、コードも複雑なギターに比べ、ドゥドゥドゥドゥって弾けばとりあえず音になるからでした」
住んでみたいと思っていた沖縄の大学に進み、中学と高校の社会科教員免許を取得するも教職には進まず、飲食店やコールセンターでアルバイトをしながら音楽活動をつづける。人が大勢いるコールセンターはシフトの融通が利き、ライブのある日に抜けられるので働きやすかった。
「やはり厳しい世界で、音楽をやりたい人はうじゃうじゃいるわけです。音楽の専門学校に行ってなんでもできる人がいるなか、求められているものに対し、どう答えを出せるか、ちゃんとしたものを提示していかなくてはなりません」
個性の強いベースを弾く姿をライブで見てくれたディレクターに声をかけられるなどして、レコーディングやライブで演奏する仕事につながっていくが、音楽で生活できたのは「一瞬だった」と言う。2011年、ヒップホップアーティストのかせきさいだぁによるアルバム「SOUND BURGER PLANET」にベーシストとして全曲参加し、達成感を得たのが転機となった。
「尊敬するミュージシャンと仕事をさせていただき、音楽にかける情熱には叶わないものがあり、ぼくみたいな中途半端な感じだとこれから先、一緒にやっていけるものではないと思ったのです」

本の仕事におもしろみを感じてきた矢先、店を閉じざるを得なくなり、生活のために転職をしたがまったく肌に合わなかった。こうした紆余曲折を経て、閉店から3年後の21年、覚王山に新たな店を構える。
「父の店を継ぐことに、プレッシャーはとくにありませんでした。自然の流れに身を任せて生きるって感じです」
店の規模は縮小したが、一人ですべてをやることを考えてのことだった。時代の旬だと感じた本を自ら選び、さまざまなイベントを企画する。肝心なのはコミュニケーションで、話を聞いて相手の求めているものをとらえ、本を届けていくる。定番の絵本に限らず、おしゃれなのが好きそうだと感じればこれがよいのではないかと提案する。口コミで広がり、名店として知られた旧店舗を知らずに訪れる人が増えている。
「子どもの本専門店として父に教えられたのは、〈子どもに学べ。なにを喜んでいるのかよく見ろ〉ということでした。たしかにこの本のこんなところに喜ぶのだなといった発見があります」
父から受け継いだ観察眼に、「音楽は上手い下手ではなく、理論的にまちがっていても音が合っていればいい。あくまでぼくが正解」と言い切るミュージシャンならではのライブ感が持ち味となり、メルヘンハウスは新たな歩みをはじめている。