住職書房というインパクトのある名の本屋が岐阜県高山市にある。店主は自らを「住職」と名乗り、てっきりお寺の跡取りかと思ったら、ちがうという。
「全国を旅して回るなかで出会った人たちに、坊主頭にしていることから“住職”と呼ばれていたんです。とくに深く考えることなく、それを店名にしました」
住職書房の“住職”こと、藤原亮さんは京都の出身で、入学した仏教系の私立高校には仏教に関する授業が必修科目としてあり、歴史や教えについて学んだ。同級生にはお寺の子息もいて、話をしていて自然と仏教の話題になることも多かった。内部進学で系列の大学に進み、福祉を学ぶものの、あまり興味がもてず、仏教関連の科目も単位として認められることから、引きつづき仏教の勉強をした。

「卒業後、とくにやりたいこともなく、とりあえず採用された会社で事務の仕事をしました。いろんなところに行ってみたいと思い立ち、1年ほどして会社を辞めました。2018年5月のことです」
かといって旅しているうちに高山が気に入って住み着き、店を開くに至ったというわけでもない。最初に訪れたのが学生の時分に泊まったゲストハウスがある高山で、そこを拠点に一カ月ほど北海道に行ったり、九州に行ったりしていた。しかし、コロナ禍になって移動がままならなくなり、ゲストハウスも閉じることになる。それを藤原さんが受け継ぐのだから、縁とはつくづくおもしろい。
「あまり美化したくはないのですが、高山に住みつづけている理由のひとつは四季がはっきりしていることです。冬はめちゃくちゃ寒くても、春になれば必ず暖かくなる。季節の変わり目に大きなお祭りがあり、町中が盛り上がる。そのサイクルがとても人間的に思えたのです」
住職書房の前身はtauという広島出身の夫婦が2017年にはじめたゲストハウスだった。高山駅から徒歩3分の好立地で古い街並みが残る歴史地区にもほど近く、1泊3000円ほどの安価なドミトリーが中心であることから、とくに外国人観光客に人気で、7割がインバウンドだった。その分、コロナ禍の影響は大きかった。
店を受け継ぐ決意を固めるまでの葛藤の過程に、藤原さんが学んできた仏教的なものが見え隠れする。モラトリアムならではの〈何者でもない自分〉への気づきから漂泊の旅に出て、〈何者かになりたい〉と店を構えるのである。“何か”をはじめるにあたって古本を選んだのは、古書店は新刊書店より本が不規則になりがちで、そこから生じる偶然の出会いが好きだからだった。高山には古書店がないのも動機になった。
この古書店と喫茶店を1階に開き、2階は従来のゲストハウスをシェアハウスに形態を変え、自身の経験から長期滞在を受け入れることにした。名前通りの書店ではなく、複合施設となっているところに住職書房の特徴はある。実際に古書店をはじめてみると、高山の人たちはこういう本を読むのだろうなどと考えても、古書の場合、仕入れの関係で本を選んで棚に並べるのはなかなか難しいのがわかった。それで新刊の割合を増やしてみたが、掛け率(販売価格に対する仕入れ価格の割合)から思ったように収益につながらない。
「店を開いて4年経ちましたが、こんなこと、絶対だれもやらないだろうと身に染みて感じているところです。副業前提でないと成り立ちませんが、冬の冷え込みが厳しいことから暖房費がかさみ、シェアハウスの運営も正直、きついです」

高山に住みはじめた当初、藤原さんは自身を“移住者”ととらえて発信し、周囲もそのように見ていた。背景のひとつが2019年から6年間の期限付きでおこなわれた地方創生移住支援事業で、国や地方自治体が移住や、それにともなう起業を後押ししてきたことがある。
「前はよく“移住者”という言葉を使っていたけど、いまは使わないようにしています。地方移住の支援政策も結局、人口が増えたか減ったかしか見ておらず、的を射ていない気がするのです。起業がうまくいくかいかないかも、あくまで自助努力で、自己責任ですから」
市の図書館と一箱古本市やトークイベントなどを開催する機会に恵まれてはいるが、店を訪れるのは同じような“移住者”や、地元の人でも一度は外に出たことがある人が中心だ。
「本と言えば私が呼ばれるようにしたいのですが、なかなかリーチできていないのが現状です。どういうふうに地元の人と付き合っていくかにかかっているとは思うものの、そのためには私自身が高山に住みつづける覚悟を決めなくてはならないわけで、そこに迷いがあるのはたしかです」
意義があるかないかという縦軸と、儲かるか儲からないかという横軸があり、意義はあるが儲からない仕事と、意義はないが儲かる仕事のバランスを大切にしたいと藤原さんは試行錯誤をつづける。
