元週刊誌カメラマンが取り組む 名古屋中心部の保護猫カフェ【続・東海エリア探訪記】

 街角でよく猫カフェを見かける。犬やフクロウ、ハリネズミなど、バリエーションも多い。インバウンド需要も高く、日本へ観光に訪れる外国人の目的のひとつになっているほどだ。
「猫カフェと保護猫カフェは、同じ“猫カフェ”でも実はちがいます。私のやっている保護猫カフェは営利目的ではなく、猫との触れ合いの場としつつ、飼えなくなったり、捨てられたりした猫の里親を探している点が大きく異なります。その点はわかってほしいところです」
 名古屋の繁華街である錦で保護猫カフェひとやすみを運営する佐藤基広さんは言う。名古屋市内初の保護猫カフェとして2013年8月にオープンし、まる11年目を迎える。子どもからお年寄りまで幅広い人が集まるが、場所柄、仕事帰りの女性がとくに多いという。

名古屋の中心部で保護猫カフェを主宰する佐藤基広さんは、週刊誌の元カメラマンという経歴の持ち主だ。写真=佐藤基広さん提供


 佐藤さんと保護猫カフェとの出会いは、写真専門学校を卒業してから30年あまりにわたって在籍した、女性週刊誌のカメラマンをしていたときにさかのぼる。佐藤さんが就職した1980年代から90年代は雑誌に勢いがあった時代で、駅の売店に積まれた雑誌が飛ぶように売れていた。
 中でも注目されたのが芸能人らのスキャンダルで、スクープを撮るため、張り込んだりするのが佐藤さんの役目だった。情報を摑んだ編集部の指示で動くのだが、いつ呼び出されてもいいように現場近くで待機した。一晩中、張り込んでもターゲットが現れず、空振りに終わることも多かった。そうした待ち時間に出入りするようになったのが猫カフェだったのである。
「技術的にはほかにもうまい人がいくらでもいましたが、体力だけはだれにも負けませんでした。秋篠宮妃紀子さまがご結婚前、ご自宅の周辺におおぜいのカメラマンが張り込むなか、クルマでお出かけになるのを走って追いかけたことがあります。買い物中にお声をかけ、撮らせていただきました」
 クルマを走って追うようなカメラマンはほかにおらず、写真は誌面を飾り、スクープになった。しかし、社会がコンプライアンスを重視するようになってメディアと事務所の力関係が変わるなどして、思うような写真を撮れなくなった。さらに撮影機材がフィルムからデジタルに変わり、デジタルに対する苦手意識にくるしめられる。ついには取材のやり方をめぐって会社と対立し、辞めさせられることになる。
「つづけていたとしてもパソコンが不得手で、デジカメで撮った写真の加工などができない私は、遅かれ早かれカメラマンを辞めざるをえなかったと思います」
 通っていた猫カフェが経営難から閉店したのは、ちょうどそんなときだった。東京の店の猫は引き取り手が見つかったものの、名古屋の店はまだだとスタッフの一人から相談された。
「退職してほどなくして大病を患い、とりあえず両親が亡くなってだれも住まなくなったマンションがある名古屋に戻りました。やることはまだとくになにも決まっていなかったので、猫たちを引き取って自分でやるのもいいかと思ったのです」
 とはいっても実際にやってみると子猫から老猫まで、常に15~20匹の猫がいるなか、良好な環境を維持するのは並大抵なことではなかった。毎朝4時間かけて開店準備をするのである。ケージや店内の掃除、餌やりなどに追われ、大忙しだ。
「猫が病気をしたりすると、正直、世話をするのが面倒になることもあります。ストレスからトイレ以外の場所で排泄したり、いたずらを何度もする子もいて、大好きなはずなのに、猫が嫌いになったりもします。お客さまがいらっしゃるからがんばって掃除をするけど、お店でなかったらこれだけのことはなかなかできません」
 清潔な環境にしておかなければ猫のストレスになり、病気が蔓延しかねない。元来、猫はほかの猫と一緒に過ごすのを嫌うところがあると佐藤さんは感じている。

保護猫カフェは里親との出会いを大きな目的としているが、捨て猫などを直接預かることはしていないと佐藤さんはいう。写真=佐藤基広さん提供


 保護猫カフェを運営していくうえで家賃の負担もさることながら、命を預かっているだけに医療費が重くのし掛かる。少しでもおかしなところがあれば動物病院で血液検査などをし、他の猫に病気が移らないようにしているからだ。年を取った猫は腎不全になりがちである。動物に対する健康保険もあるにはあるが、いつだれにもらわれていくかわからない保護猫には向いていない。
 猫好きの人がたくさんの猫を飼い、世話をできなくなって「多頭飼育崩壊」する事例がときおりニュースになるが、猫カフェでも起こりうることだという。
「飼いきれなくなり、殺処分される猫がたくさんいます。そのためにも保護猫カフェが必要なんです」
 とはいえ運営は厳しく、借金がかさみ、寄付やカンパに頼っているのが実情だ。
「いくらぼくでもここまで赤字つづきではやっていけません。私自身の病気の後遺症もあり、いつでもやめられるよう、いまは店を閉めるときはお引き取りいただく約束でお預かりし、里親を探しています」
 ブームとなって華やかに見える猫カフェの舞台裏が垣間見えてきた。

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この記事を書いた人

新聞社、出版社、編集プロダクションを経てフリーランスの記者/編集者として活動。文琳社代表。2006年から2024年までチェコとスロヴァキアに家族で居住し、子どもの成長記録を中日新聞文化面に連載したのち、『プラハのシュタイナー学校』(白水社)としてまとめる。その間、日本滞在中に岐阜と三重の各市町村を回り、「東海エリア探訪記」を中日新聞『アドファイル』に連載。岐阜については『岐阜を歩く』(彩流社)を刊行する。ほかに『不自由な自由 自由な不自由 チェコとスロヴァキアのグラフィック・デザイン』(六耀社)、『イマ イキテル 自閉症兄弟の物語 知ろうとするより、感じてほしい』(明石書店)などの著作がある。

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