東海地方を含む全国で公開中の映画『ストリート・キングダム 自分の音を鳴らせ。』は、写真家・地引雄一による『ストリート・キングダム 東京パンク/インディーズ・シーン』と題された本を原作としている。本書はまず1986年、雑誌『ミュージック・マガジン』の増刊号というかたちで刊行された。四六判の書籍の体裁をとりながら、最後のページに映画の舞台となった時代の雰囲気を色濃く感じさせる広告が掲載されているのはそのためだ。表紙カバーに選ばれた血まみれの指とレスポールジュニアが激しい演奏を物語るギタリストの写真をはじめ、いずれも一瞬の動きを活写した、音楽の聞こえてきそうな写真が目を惹く秀逸なドキュメンタリーとなっている。
自分たちの音楽を自分たちの手で届けようとしたニューウエイブの動きを時系列にまとめたこの本はいまも私の書棚に並ぶが、出版された当時、果たしてどれだけ注目されたかはよく覚えていない。イエロー・マジック・オーケストラもすで「散開」(解散)し、世界のどこかで新譜が出るたび、あたかも進化しているように感じられた音楽のありようがメディアミックス的な仕掛けに取って代わられ、ニューウエイブとは対極のあるおニャン子クラブが巷で人気を集めたバブル前夜のことだった。しかし、意外なほど息の長い本となり、2008年にDVD付きでK&Bパブリッシャーズから再発行され、さらに映画化にあわせ、2026年、「最終版」と銘打ってスローガンから新たに出版された。おおよそ20年刻みの波になって息を吹き返しているのが興味深い。ニューウエイブと呼ばれる音楽シーンを再評価する根強い支持が、それだけあるということだろう。

スローガンは音楽関係に強い出版社で、映画『ストリート・キングダム』に関係するだけでもパンクやニューウエイブのチラシを集めた本や、じゃがたらの江戸アケミに関する本を出している。とはいえ代表を務める熊谷朋哉さんは1974年生まれで、リアルタイムに体験した世代ではない。
「中学生だった80年代後半、デヴィッド・ボウイやニューヨーク・パンクに出会ったのがきっかけです。過去の作品が名盤CDとして再発された時期でした。年上の方からしたら、リバイバリストに見られているかもしれません」
映画のなかでは軋轢と呼ばれるバンドのモデルであるフリクションのレックとは交流があり、映画についての話もいろいろ耳にしていたという。
熊谷さんは学生時代にはパンクバンドでギターを弾き、そのままプロになるか、学者をめざすかを真剣に悩んだ。自宅の書棚に所狭しと並ぶ、古今東西の膨大な書物はその名残りでもある。
「いまから考えれば若気の至りですが、バンドで生活できると思っていたんです。事務所からのお誘いもいただきました。そのころはお給料が出たんです。芸能界入りをしたいわけじゃないよなと踏みとどまりましたが、バンド活動をするなか、自分たちの手で制作や流通を担おうと1999年に立ち上げたのがスローガンという会社です。バンド活動自体は結局CDを出したり、YouTubeで当時の音源が聞けるまでになったわけではありませんが」
時代背景こそ異なるものの、このあたりは映画『ストリート・キングダム』と重なるところでもある。資本主義の仕組みのなかでなんらかのクリエイティブな活動をしようとすれば、どうしてもぶつかるジレンマなのだろう。設立から四半世紀を数えるが、バンドマンを経験したことが社会人として生きていく大きな糧になったと振り返る。
「バンドマンなんていい加減で、社会性がないと思われがちかもしれませんが、ライブハウスに知り合いがいないとライブができないし、イベントも組めません。一人では機材を運べず、遅刻したらスタジオ代が高くつくだけです。挨拶しなければ相手にされませんし、そこいらの会社員よりよほど社会性がないとうまく立ち回れないんですよね」
写真家の鋤田正義との仕事をきっかけに坂本龍一やデヴィッド・ボウイ、ルー・リード、アート・リンゼイ、アノーニら世界的なミュージシャンと親交を結び、展覧会などにも携わってきた。実にきれいな発音で英語を話すところから、日常的に外国人と接していることがよくわかる。
「すごい人たちにいっぱいお会いして、お仕事もさせていただき、運がよかったのだと思います。みなさん、ほんとうにやさしかったですね。いい思い出があるだけで幸せに死ねそうです。社会に反抗するネガティブ・ドライブがパンクの原点ですが、一流の人たちのおかげで、それを人と人のあいだで出すことは恥ずべきことだと思えるようになりました」

ニューウエイブがいま見直されているのは、世界各地で戦争がはじまり、1960年代のロックがもっていた理想・幻想に対応する平和な時代がいよいよ本当に終わったからかもしれないと熊谷さんは指摘する。
「20世紀後半というのは人類史上、稀に見る豊かな時代だったのではないかと最近、よく考えます。出版や音楽といった文化の面でもそうです。パンクにしろニューウエイブにしろ、いわゆる西側と言われた戦後社会の象徴だった気がしてならないんです」
と熊谷さんは見る。たしかにロックという音楽を通じて反抗しつつ、夢と希望を一瞬でも感じることができた(そのつもりになれた)のは振り返れば豊かさだったのではないかと、そしてロックのような若者の共通言語としての反抗の表現を失ったことが時代の閉塞感につながっているのではないかと、映画『ストリート・キングダム』を踏まえて熊谷さんの話を聞き、思った。(一部敬称略)
