東海さすらい旅日記【岐阜県各務原市】美濃路の中山道歩き② 鵜沼宿

 太田宿から鵜沼宿へ。歩けば何時間かかかるのだろう。電車でわずか15分、鵜沼駅を降りるとGoogle Mapに頼るまでもなく、現代版道標が街道へとご案内。

 道標に導かれるままに歩いて行くと、地蔵堂と彼岸花。その組み合わせは、江戸時代から続いているのだろうか。住宅街のなかに残された中山道の面影。

 鵜沼宿の街道筋が見えてきた。白壁の大きな蔵が出迎える。古くからの建物かと思いきや、現代の美容室。町の歴史への敬意が景観を守る。

 横に目をやると大きな柳の木。いかにも浮世絵に出てきそうな情景が目に浮かぶ。当時からあったとすれば鵜沼宿のシンボルとなっていたであろう。

 柳の隣の町家は開放され、建物内部や庭を覗くことができる。かつてこの町の観光振興のお手伝いをしたことがあるが、当時は建物があった記憶はあるが、中に入ることはできなかったと思う。その頃を思うと、鵜沼宿も随分イメージが変わっていた。

 街道筋には古い家屋が並ぶ。電柱は埋められ、当時の街道風の姿が再現されている。鵜沼宿は、いつの間にこんなにも旧街道らしくなったのだろう。もちろん、酒蔵や住宅など元々あったものの再整備が中心になっているが、それは意外な発見でもあった。

 現代の鵜沼宿の中心的存在とも言える復元された脇本陣。建物のつくり、外観、主屋、庭などが忠実に再現され、現代に蘇る。

 江戸時代を思わせる旧住宅は、ここが宿場町であったことを証明する生き字引。時代はいくつも変遷してきたが、こうして現代から未来へその歴史遺産は継がれていく。

 街道筋を離れ、名鉄の鵜沼宿駅へ向かう道筋にはかつての中山道の面影は全くない。駅へ向かいながら、次の中山道宿のことを考えていた。まだ見ぬ岐阜県内の宿場町風景が待っている。

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この記事を書いた人

愛知県豊橋市生まれ。
出版社、シンクタンク勤務を経て、現在は一般社団法人ほの国東三河観光ビューローのマーケティングディレクター。旅人総研代表。愛知大学地域政策学部非常勤講師(観光まちづくり論)。
東海地方を中心に、地域を盛り上げる観光事業や集客計画など、手がけてきたプロジェクトは数知れず。生まれ育った愛知県東三河に腰を据え、地元活性のために奔走する。また、旅人総研代表として、講演やフォトラベライター(旅するカメラマンライター)などの個人活動も実施。旅と写真とロックを愛する仕事人で、公私ともに、さすらいの旅人として各地を巡っている。

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