三重県の松阪を拠点に音楽活動をする親子バンドRAMOの垣内章伸さんと知り合ったのはかれこれ15年ほど前のことだった。楽守さんと詩音さんの2人のお子さんはともに自閉症で、子育てを通じて感じたこと、考えたことを歌にしてきた。その姿を追うなかで、『イマ イキテル 自閉症兄弟の物語』(明石書店、2017年)と題した1冊の本にまとめた。刊行から7年の月日が流れ、楽守さんは30歳、詩音さんは27歳になっていた。どうしているのか気になり、話を聞いた。
「コロナ禍でライブは激減しました。半年に2回とか、そんな感じでした。今年になってようやく声がかかるようになりましたが、それでもコロナ前に戻ったわけではありません」
ライブといってもライブハウスなどで演奏するのではなく、学校の体育館などでおこなうことが多い。人権に関する授業の一環から講演というかたちで呼ばれ、演奏をしつつ、MCで障がいについて話をする。自閉症の楽守さんを人前に出し、こういう障がいであることを知らしめる狙いがある。給食の時間にバンドのCDを流したとか、歌詞の内容について授業で取り上げられたと聞くとやりがいを感じる。
障がい児を育てるなかで体験した理不尽な思いや、世の中の無関心に対する憤りを歌にして、コツコツ自作CDを制作してきたが、2019年のCD『宝くじ号』を最後に出していない。
「断片的につくってはいるのですが、曲にはまとまっていないものが多いです。自分のなかでは出し尽くし、歌い切った感覚があります」
若いころにはプロのミュージシャンをめざしたこともある垣内さんが親子で歌ってきて至り着いた境地だ。
普段は松阪市の山間にある宇気郷(うきさと)地区でラモシオンという楽器店を営む。店名の由来はそのまま2人の子どもの名前だ。豊かな自然に囲まれた場所で子育てをしたいと古民家を買い、移り住んだのが縁だった。
「コロナ禍で楽器、しかも20~30万円する高額なギターを買う人が増えました。動機を聞くと、〈こんな時代になるとは思っていなかったから、好きなときに好きなことをしないと後悔するかもしれないから〉と答える人が多かったです」
作業所(就労継続支援B型事業所)で週1回働く楽守さん、週2回働く詩音さんも、店を手伝う。人とのコミュニケーションを図れる楽守さんは「次期店長」として店に立ち、人と関わるのが苦手な詩音さんはレコード盤を磨くなどの作業を担当している。
詩音さんは作業所で出荷前の野菜をきれいに整える仕事を根気よくしたりするのが得意なのだが、扱いがむずかしいレコード盤もとてもていねいに磨いている。それぞれの特性に合った役割を分担しているわけだ。
「1万枚以上のレコードを取り揃え、店は足の踏み場もないくらいです。コロナ前あたりから、若い世代を中心にレコードが見直されるようになりました。デジタル配信が中心になるなか、かたちのあるものをもちたいと考えるようになったからです。カセットテープも人気です」
宇気郷の古民家から、兄弟が通う作業所にほど近い場所に移り住んだことも一家の大きな変化だ。年を重ねるにしたがい手入れがむずかしくなり、雨漏りもそのままにしてある。「住めないわけではないのですが、普通の人にはむずかしいかもしれません」と垣内さんは笑う。
奥さんの志ほみさんは訪問介護の仕事に携わるようになった。それも障がいを抱える二人の子どもの行く末を考えるのが動機だった。
「50代後半にもなって、自分にはまったく非がないにもかかわらず、理不尽に怒鳴られることがあるんだと最初は思いました。言い返したらおしまいなので、我慢するしかありません。ほとんどの方は認知症なので、何回行っても、〈あなた、はじめてやな〉と言われたりします」
それでも経験を積むにつれ、大切なのはコミュニケーションだとわかり、いままででいちばん楽しい仕事だと思えるようになった。長く生きてきた方々なので、会話をしていてもおもしろい。
「高齢者は介護保険の範疇になる点を除き、高齢者も障がい者も支援の内容は一緒で、頑固な点もよく似ています。自分の考えが固まっていて、変えられないのです。私たち亡きあとの楽守と詩音のことを考えるうえで、いい学びになっています」
数々の困難を抱えながら、少しでも前に進もうとする垣内さん夫妻の姿勢にはいつも勇気づけられる。